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『ブラスト公論』クルーがいろいろ書いたり書かなかったり。

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ブラスト公論のつくりかた、その6(長文)。

えー、前回「その5」を書いたのは5月。
5月。

びっくりして2回書いちゃった。

5月。

そんなに間が空くなんて自分が一番びっくり~。
本当です。

前回、「ヨシくん(高橋芳朗)のテープ起こしは会話のニュアンスを丁寧に拾っているけど“(笑)”は一切使っていない、なぜなら実は公論は現場の空気を伝えることが目的ではないからだーっ!」というようなことを書きました。

その真意を伝えるべく、実際の公論制作の流れを追いながら説明していきましょう。 まず公論収録から2~3日経つとヨシくんからベタ起こしの原稿がメールで届きます。
この時の文字数が平均で1万字くらい。
多い時だと3万字を超えることもあったような。
対して公論一回の文字数は大体4,500~6,000文字。
つまり少なくとも毎回半分、下手すると1/5くらいシェイプする必要が出てくるわけです。

そこでまず取りかかる作業が「チョップ」。
DTM用語でサンプリングしたフレーズを細かく分割する作業のことですが、
同じように会話文をある程度のカタマリごとに細かく切り分けていくわけです。
ちなみに記憶に残っているなかで一番細かくチョップしたのは、死亡した宇宙飛行士さんをフィーチュアした「今日はセク風が吹いたの巻」(P78)。
死亡した宇宙飛行士さんのフリーキー過ぎる発言で話があちこち飛びまくったため、全体を40ブロックぐらいに分けて途方に暮れた記憶があります。

そして各パーツをチェックしながら、内容が重複しているパーツをまとめたり、不要と思われる部分をカットしたりしながら全体を短くしていきます。
が、この作業も始めてしばらく経つと、「もうこれ以上は短く出来ねェ!(でもまだ全然文字数オーバー)」という壁にぶち当たります。

さて、ここからが問題。
どこを削って、どこを残すのか?
会話の内容重視で行くのか、それともテンポ感重視で行くのか?
どこまで笑える回にするのか、あるいはどこまで笑いを犠牲にするのか?

毎回この判断には悩んだし、たぶんいま公論をやっても同じように悩むでしょう。
この線引きははっきり答えが出るようなものでもないし、おそらくその都度会話のクオリティや内容のフレッシュさに応じてバランスを取っていくのがベターということになるんでしょう。

具体的に、クラシック回とされる「なんだよ安室ぉ~!の巻」(P48)を例に説明してみましょうか。
たとえば以下の部分。

郷原 してんじゃないですか。
古川 してんじゃないですか。
高橋 でもダベってただけだよ。
宇多丸 フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ。
高橋 フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ。
郷原 フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ。
宇多丸 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。
高橋 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。
郷原 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。
宇多丸 恥ずかしいなぁ。
高橋 俺も恥ずかしいなぁ。
宇多丸 恥ずかしいよぉ~。
高橋 きゃあー。

バカか!

でもそれでイインダヨー。
実際現場のノリはこんな感じだったし、このシークエンスで伝えたかったのはまさに「バカな会話感」そのものだったので、そのニュアンスの再現のためにはこれだけ贅沢に(一見無駄に見える)文字数を費やす意味があると、そう判断したわけです。

が、ご覧のとおり、ニュアンスの再現を優先するとどうしても情報量は減ってしまう。
でも、公論としては「バカ会話感」だけでなく毎回なにかしら「ちゃんといいことも言ってる感」を出したい。
そこで、同じ回から以下の部分を見てください。

宇多丸 修学旅行とか職場とか……任意に集められた集団で起こる事件っていうかね、そこがやっぱ緊張感を生むしね。
古川 なんでもない人同士が非日常的な空間に置かれることによって、いきなりお互いの気持ちが通じ合ったような錯覚に陥る……。
宇多丸 そう、だから相互理解の手前で終わらないとダメなんですよ。深く理解してる関係はときめきとは言わないだろ、と。この人とコミュニケーションがとれるかも? の感じがときめきなんですよ。
古川 手に入れちゃったらいけない……。
宇多丸 コミュニケーションの入り口に立ったときがときめきなんですよ……深いなぁ……。
古川 あと、非日常っていうのもデカいよ。デパートの話だって、日常空間が非日常になる瞬間自体が……ねぇ。
郷原 ヤバいっすね……行きたいっすね。

これ、確かに現場でこーゆーことを喋りましたが、実際はこんなにスムーズに会話してたわけじゃありません。
構成の段階で要約し、言葉足らずの部分は書き足し、なんなら後から思いついたことを付け加え、情報を出来るだけ圧縮して見せるように加工して、このシークエンスが出来上がったわけです。

こうして見ていくと、各パーツごとに圧縮重視の「内容」パーツ、ニュアンス重視の「バカ」パーツと分けられることに気付いたでしょう。
こうして分類されたパーツを見渡してみて、全体のバランスを見ながら取捨選択をしていくわけです。
その際、どうしても使いたい発言があったらそれを生かすように前後の会話をでっち上げたりもします。
で、各パーツの取捨選択が終わったら、あとはパーツの「フリップ(並び替え)」。
流れがちゃんと繋がるように、あるいは独立したパーツ同士を繋げる発言を付け加えながら、語尾を整えたり、展開がもたついてる部分をカットして第一稿まで持って行きます。
あとはすぐさま公論メンバーにメールして修正や構成のアイデアを貰い、一気に決定稿までこぎ着ける、と。

ふー。
なげぇ。

さて、ここで再び「公論は現場の空気を伝えることが目的ではない」という主張に立ち返りましょう。
ここまで読んで頂いてわかるとおり、ベタ起こしから決定稿に至るまで、かなりの加工が施されてることがわかるでしょう。
あるパーツでは「現場の空気を伝えるため」に細心の注意を払いますが、逆にあるパーツでは現場の空気を犠牲にしてまで内容や情報を圧縮して編集してしまうのです。

それもすべては、「ひとつの読み物としてストレスなく楽しく読めるように」。

それが公論の原稿で一番重視されていたことで、そのためには現場の空気を生かすも殺すもひとつの手段にしか過ぎなかったと、そういうわけなんですね。

あ、最後に余談。
かように公論はほぼすべての部分にポストプロダクションの手が入ってるんですが、ただ一箇所だけ、どうにも手が加えられない! むしろ手を加えたら面白さが死ぬ!とほぼテープ起こしのまま(というより、たぶん喋ったまま)使った部分があります。
それが安室回における「安室奈美恵の夢」の下りだったと。
あれはおそらく宇多丸自身も再現不可能であろう、奇跡のヴァースだったわけですねェ。


はー、やっと終わった。

多分次回が最終回!

(古川)
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「独禁法に引っかかるほどの売れっ子音楽ジャーナリスト」「セレブとの会見多数(フックアップの可能性大)」「高卒」

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「放送作家」「小説家」「音楽プロデューサー」

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「学習塾経営」「元ファッションブランド・ディレクター」「強豪草野球チームの首位打者」

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